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最高裁判所第二小法廷 昭和43年(オ)1357号 判決

上告人

上田徳兵衛

栗本建二

代理人

荒木宏

鈴木康隆

被上告人

菅野和太郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告人ら代理人荒木宏、同鈴木康隆の上告理由について。

民法七二三条にいう名誉とは、人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的名誉を指すものであつて、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価すなわち名誉感情は含まないものと解するのが相当である。けだし、同条が、名誉を毀損された被害者の救済処分として、損害の賠償のほかに、それに代えまたはそれとともに、原状回復処分を命じることを規定している趣旨は、その処分により、加害者に対して制裁を加えたり、また、加害者に謝罪等をさせることにより被害者に主観的な満足を与えたりするためではなく、金銭による損害賠償のみでは填補されえない、毀損された被害者の人格的価値に対する社会的、客観的な評価自体を回復することを可能ならしめるためであると解すべきであり、したがつて、このような原状回復処分をもつて救済するに適するのは、人の社会的名誉が毀損された場合であり、かつ、その場合にかぎられると解するのが相当であるからである。

ところで、原審の確定したところによれば、上告人らが本件委嘱状の送付を受けたことにより毀損されたのは、同人らの社会的名誉またはそれと同視すべき同人らに対する政治的信頼ではなく、同人らの名誉感情にすぎなかつたというのであり、そして、原審の右事実認定は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠関係に照らして、首肯することができないわけではないから、このような事実認定のもとにおいては、上告人らは、右委嘱状の送付を受けたことにより民法七二三条にいう名誉を毀損されたとして、同条所定の原状回復処分を求めることは許されないものと解すべきである。

してみれば、民法七二三条所定の原状回復処分としての謝罪文書の交付を求める上告人らの本訴請求を棄却した原審の判断は、その結論において、正当であり、したがつて、上告人らの右請求を棄却した原判決の違法をいう論旨は、結局、その理由がなく、採用することができないものというべきである。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(城戸芳彦 村上朝一 岡原昌男)

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